Q :
|
まず、国文学とは何かを教えてください。
|
A :
|
私たちはさまざまな情報に取り囲まれて生きているけれど、確かに自分で見たものを、本当に自分の頭で考えたと言い切れる事柄がどれだけあるだろう。本物(これを一次資料という)を見て、予断を排して思考をめぐらすのが研究の基本だけれど、これを日本語で書かれた文献をめぐって行おうとするのが、国文学だよ。対象としては漢文や英文だって入ることもある。日本語だけで済むというものでもない。
|
Q :
|
「書かれた文献」といってもずいぶん範囲が広いと思いますが。
|
A :
|
記紀・万葉から現代文学までの文学作品が主たる対象だけれども、それにとどまらず、幅広く理解してもらっていい。演劇や絵画や音楽なども対象となることがある。研究の方法も、とても一口には言えないほど多種多様だ。でも、あくまで文献を基本とする、というのが国文学研究の最大公約数といえるかな。「本物」の文献が、身近に大量に存在するのが、何といっても国文学の特色であり、強みだから。ちなみに、わが国文学研究室には、文化財クラスの貴重な写本・版本を含め、和本が数多く所蔵されていて、学生は手続きさえ踏めば、驚くほど簡単に閲覧することができる。
|
Q :
|
それが、他にはない本郷の国文の特色ということでしょうか?
|
A :
|
もちろん、所蔵書だけのことではない。そうした書物を活用しながら、今風のファッショナブルな議論に目を奪われたり、マスコミ受けする大風呂敷な物言いに踊らされたりすることなく、じっくりと腰を据えて本物の文献を読み込む環境を確保している、という所を強調したいね。
|
Q :
|
本物の文献を読む、といってもどう読めばよいのでしょうか?
|
A :
|
そのために、進学者には、まず日本書誌学概論という、必修の集中授業が用意されている。講義に加え、研究室所蔵の和本を実際に手に取ることを通して、古典の書籍の扱い方の基本を学んでもらう。また、演習では、個別の作品によりながら、その表現の成り立ちや意義をできるかぎり細密に分析することによって、「本物」を読む訓練を行っている。
|
Q :
|
演習では、どういう授業が展開されているのでしょうか?
|
A :
|
演習は6人の専任教員全員が開講していて、基本的に学生の報告をもとに、討議形式で行われる。じゃあ、それぞれの先生に、自己紹介を兼ねて各自の演習や講義の授業を簡単に宣伝してもらおう。ちなみに、国文学史は通常、上代・中古・中世・近世・近代(現代)の5つの時代に分けられるが、各時代にひとりずつの担当教員と、さらに和漢比較文学・総合日本古典文学という広い視野から文学を扱う教員が、もうひとりいるという構成になっている。
鉄野昌弘教授(上代)
「日本」という国が立ち上げられたころの「文学」、つまりは「日本」最初の「文学」を主に扱っています。この頃は、まだ日本語専用の文字が無い時代です。それは未開ということでもありますが、漢字というツールで東アジア全体がつながっていたとも言える。そのような国際的に開かれた中で、日本語話者たちが何を作って行ったのか、という観点から、上代文学を見たいと思っています。
高木和子准教授(中古)
『源氏物語』を中心に、平安時代の物語や日記や和歌などの仮名文学について研究します。高校の古文の教材の大半は平安文学ですから馴染み深いことでしょうが、大学での古典文学研究には高校では経験できなかった方法的な発展があり、これまでの印象は一変するはずです。古文は苦手だったという人にも、知的遊戯の場として参加してほしいものです。
渡部泰明教授(中世)
個人的な専門は平安・中世の和歌文学ですが、授業では中世、すなわち鎌倉時代・室町時代の文学を幅広く取り上げようと思っています。宇治拾遺物語、平家物語、徒然草、新古今和歌集などですね。言葉一つ一つにこだわりながら、それが当時の人間観・世界観とどう結びついているか、皆さん一人一人に調べ、考えてもらうことを重視しています。
長島弘明教授(近世)
江戸時代の文学、芭蕉・西鶴・近松や、秋成・蕪村・馬琴などが専門です。高校では、江戸文学すなわち『奥の細道』ということになるのでしょうが、あの程度の作品は(芭蕉さん、失礼)、他にも無数にあります。ただし、江戸文学の面白さを読み味わうには雑学の大家になることが必要。演習も雑学涵養の場となることがしばしばです。
安藤宏教授(近代)
明治以降の近・現代文学を担当しています。近代小説の表現機構を中心に研究を進めています。演習ではここ数年、毎週一作品を原則に、できるだけさまざまな作家を採り上げてきました。それをきっかけに近代文学全般にわたる読書の幅を広げて、表現史的な問題意識を養って欲しいですね。
藤原克己教授(和漢比較文学・総合日本古典文学)
古代から近代初期まで、日本文学はいかに中国文学を受容してきたかということを、みなさんと一緒に学びたいと思っています。また私は、時代やジャンルに捉われずに、上代から近世までの名作を味わうという授業を試みています。シラバスにも引用していますが、J・L・ボルヘスの「私が学生たちに教えてきたのは、いかにして文学を愛するか、いかにして文学の中に一種の幸福を見出すかということなのです」(野谷文昭訳)という言葉をモットーにしています。
|
Q :
|
他にはどんな授業がありますか?
|
A :
|
専任教員が覆い切れない分野を、毎年2~3人の非常勤講師を招聘して講じてもらっている。毎年交代するけれど、いずれもその道の第一人者、最先端の研究者ばかりだ。
|
Q :
|
他の学部のような、ゼミはないのですか?
|
A :
|
文学部には、いわゆるゼミというものはないんだ。特定のゼミに所属するのではなくて、もっと広く学んでほしいと考えているからね。しかし、研究室にはゼミに劣らない親密な雰囲気がある。
|
Q :
|
卒業論文は必修ですか?
|
A :
|
必修だよ。これは、ぜひとも納得のいくものを書いて卒業してほしい。研究者になるわけでもないのに、と思う人もいるかもしれないが、本当に自分の手で調べ、自分の頭で考えたことを綴ってゆく喜びと苦しみを経験することは、社会に出ても必ずや意味をもつと信じている。
|
Q :
|
卒業論文で、村上春樹や吉本ばなななどを題材にしてもいいんですか?
|
A :
|
これは現代文学研究に限らないけれど、国文学では一つの言葉や表現がどういう経緯で存在しているか、ということを重視する。だから、同時代のさまざまな言説はもちろん、そこへ至る歴史的な流れをなにより大切にしている。一つの言葉を考えるにも、さまざまな調査・分析が必要だ。現代文学でいえば、近代文学の流れをトータルに見返すことが要求される。つまり一番大変だ、ということになるね。その覚悟さえあれば、駄目とは言わない。
|
Q :
|
指導はしてもらえるのでしょうか?
|
A :
|
教える情熱は教員みなあふれるほど持っているし、場合によっては個別にじっくり話をすることもあるけれど、手取り足取りなどという指導は期待しないでほしいね。親切すぎる指導は、主体性・自主性を奪うという意味でかえって不親切になると思う。もちろん、そちらから問題意識を持って質問に来れば、できるだけ丁寧に答えるよ。ただし、突然ではなく、予約をとること。有効なのは、先輩を活用するという手だ。国文学研究室には、大学院まで含めると、教員・学生・研究員・研究生・外国人研究生を合わせて100名を超える人間が所属している。さまざまな専門の人がいるから、その中で目星をつけて教えを乞うといい。教員の資格を持つ人が多いこともあって、みな教えるのが上手だよ。私自身、先生に教わったことより、先輩や同級生に教わったことの方がはるかに多いなあ。そういうチームワークの良さも、わが研究室の美点の一つだね。
|
Q :
|
研究室の様子を、教えてください。
|
A :
|
法文2号館の3階と4階にいくつかと、法文1号館1階に一つ4階に二つの部屋がある。すべて書庫をかねていて、窓以外全部本で埋まっている光景は、ちょっと壮観だよ。中心となるのは、3階の三四郎池を見下ろす研究室で、ここに助教と事務補佐員(生島さん)が常駐していて、諸君らに図書の出納や鍵の受け渡しなど、いろいろ便宜を図ってくれる。とくに助教は身分は教員だが、学生と教員の橋渡しをしてくれる、研究室の要の存在だ。住所変更など、いろいろな連絡は常時助教と取るようにしておくことが大切になる。研究室の活動にもさまざまなものがあるが、国文の特色が出ているものとしては、学科旅行だね。毎年秋に1泊2日で教員全員と学生が、文献資料を調査したり、文学遺跡を実地踏査したりする。2010年度は会津、2011年度は軽井沢、また2012年度は信州へ行った。
|
Q :
|
大学院への進学は難しいのですか?
|
A :
|
毎年3~6名前後の学部生が、大学院に進学している。他大学からの受験者も多く、競争率は4倍から5倍くらいで、なかなか難関だ。そして、首尾よく修士課程を修了し、博士課程に進み、博士論文を書き上げて博士号を取得したとしても、研究職への就職はきわめて困難だと思っていてほしい。高等学校の国語科教員への就職は、他大学に比べればだいぶ恵まれている方だから、大学院進学を考えている人は、教員免許状を取得しておくことを強く勧める。また、大学教員の公募では、実際に教育現場に立ったことがあるかどうか問われるので、その際には高校の非常勤の経験が物を言う。いずれにしても教員免許状は必須といっていい。中学・高校一貫教育の学校も増えているから、中学校の免許も必要だね。逆に、教職や出版関係に就きたい人は、もちろん学部卒業後すぐにという手もあるが、修士課程を出ておくと、色々な意味で有益だと思う。いずれにしても、モラトリアムで大学院に進学するのは勧められないな。そのくらいなら、どんどん実社会に出ていくことをお勧めする。末尾にまとめて記した通り、一般企業に就職して活躍している先輩も少なくない。日本の文化を一つでも専門的に学んでおくことは、将来ビジネスや政治の世界でもきっと役に立つと信じている。とくに海外で仕事をする際には、日本のことを必ず尋ねられることになるよ。
|
Q :
|
文章を書くことが好きなのですが、国文で勉強して作家を目指すことはできますか?
|
A :
|
創作方法を教えるような授業はないから、それは自分で勉強することになる。国文の卒業生の中から大勢の作家が出ているよ。例えば、中勘助や堀辰雄、川端康成などという昔の卒業生は誰でも知っているね。その他にも、舟橋聖一、阿川弘之、杉浦明平、大岡信、宇野鴻一郎、橋本治などという人たちもいる。
|
Q :
|
外国人に日本語や日本文学を教える仕事にも興味があるのですが。
|
A :
|
最近はそういう仕事も増えているし、国文には外国人の留学生が常に10人から20人位いて、接する機会が非常に多い。そうした方向を目指すためにも、英語や他の外国語の学習も、しっかりやっていてほしいね。
|
Q :
|
最後に、駒場の進学予定者に望むことは。
|
A :
|
ともかくたくさん本を読んでおいてほしい、ということだね。秋に行われる進学内定者のガイダンスの時に読んでおいてもらいたい本のリストを配布するので、参考にするといい。狭い視野やこわばった思考の中に閉じ込められないでほしい。そして、いつも好奇心を溢れさせていてほしいね。
|