物質の性質を決定する要因の中でも、電子間のクーロン相互作用の効果をより深く理解し利用する道筋を明らかにすることが、基礎科学からも大きな課題となっている。特に遷移金属化合物、希土類化合物、有機化合物およびナノ構造物質は、原子間距離に比べて電子の波動関数の広がりが小さく、電子のもつ運動エネルギー(バンド幅)が電子間クーロン相互作用のスケールに比べて相対的に小さいため、強相関電子系と呼ばれる。これらの物質群に対する信頼性の高い電子状態計算法の開発は基礎と応用の両面から重要性が高い。
この問題を解決すべく様々な試みが行なわれてきたが、強相関電子系に適用可能な方法として注目を集めているのはマルチエネルギー階層構造をきちんと意識した上で、低エネルギー側の物理と高エネルギーでの物理の橋渡しを行ない、低エネルギー側に要求される高い計算精度と巨大なエネルギースケール全体に対する計算効率とを両方実現できる手法である。橋渡しをダウンフォールディングという手法で行いながら、ゆらぎの大きな低エネルギー現象の物理を、考えうる最高の精度で解く計算手法(低エネルギーソルバー)の開発がここ数年世界的に見て大きな課題としてクローズアップされている。
私たちはダウンフォールディング手法の開発、低エネルギーソルバーの開発を世界に先駆けて行なってきた。低エネルギーソルバーの候補として世界的な研究が進められてきた方法に動的平均場近似(DMFT)およびその拡張、格子フェルミオン系の手法である経路積分繰り込み群(PIRG)法、(変分)モンテカルロ(MC)法、密度行列に対するガウス基底モンテカルロ(GBMC)法がある。これらの手法のいずれも私達のグループのメンバーが発明に関わり、開発を主導し、最先端で実用化を進めてきた。個々の手法は動的物理量や励起状態の扱い、空間ゆらぎの取り込みなどでそれぞれに長所と限界を持っており、複合的な組み合わせ、相補的な手法開発が必要である。
解明する鍵となる手法として、私たちは3段階のスキームを用いる。
(1) 高エネルギーの電子構造を密度汎関数理論(局所密度近似(LDA)や一般化勾配近似(GGA)あるいはGW近似)に基づいて求めながら、高エネルギー短時間の自由度のふるまいを求める。
(2) 続いて繰り込みという操作を用い、ダウンフォールディングという手法で低エネルギー、長時間スケールを扱う有効模型を導出する。
(3) この有効模型を信頼性の高い低エネルギーソルバーによって数値的に解く。
この3段階手法は、強相関電子系と呼ばれる物質群の電子状態の高精度での解明に対して今のところ世界的、歴史的に見てほぼ唯一の攻略法であり、私達のグループはこの手法の提唱と開発に大きな役割を果たしている。