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モット転移、もっとモット詳しく知りたい人のために
-- 歴史と現状--

 

バンド絶縁体と金属の間の転移

金属と絶縁体の違いとその間の金属絶縁体転移(MIT)を記述することに成功した最初の例は,相互作用のない(あるいは弱い)電子系による理論である。この理論によれば, 結晶の周期性によって生じたバンド価電子帯)を電子が埋めてしまって, からっぽのバンド(伝導電子帯)との間にバンドギャップがあるときがバンド絶縁体で,バンドが途中までしか埋められていない時が金属である。つまり、相互作用のない電子系の理論では、バンド構造の形成はすべて結晶中の原子が規則正しく周期的に並んでいることに原因がある。このような金属や絶縁体の概念は量子力学の成立からそれほど時期を経ずに, Bethe, Bloch, Brillouin,Sommerfeld などの人々によって1930年頃までに確立されていた。

 

モット転移と強相関電子系研究の幕開け

金属と絶縁体に関する上記の考え方は多くの点で成功を収めた。ところが1937年になってde BoerとVerweyによってNiOのような多くの遷移金属酸化物では電気伝導性が低く,むしろ絶縁体である場合が多いことが示され,さらにその理由を上記のバンド絶縁体の考え方で説明することはできないということも指摘された。 なぜなら、これらの物質ではd電子のバンドは途中までしか埋められていないからである。

Peierlsによれば, 1937年のブリストルでの会議で,NiOのような物質が絶縁体であることについて,何人もの人が驚きを表明したとされる。Peierlsはこの問題での電子相関の重要性を既にこの時指摘していた。

こうして, この問題は現在に至る強相関電子系研究の幕開けの1つとなった。電子が部分的にしか埋まっていないバンドでの絶縁相の出現とその揺らぎは、電子の強相関効果の中でも最も顕著で目だったものであり、その後この分野で長らく中心課題の一つとなってきている。

 

モットとスレーター

現在までの強相関電子系研究,特にMITの研究の歩みをふりかえると、六十年の間に実験理論の両面でいくつもの重要な進展があった。

理論的な観点ではMottがこの問題を詳細に考察し,強い電子間斥力によって生ずる絶縁体という新しい概念を導入した。 モット絶縁体といわれるゆえんである。モットによる議論では、単一軌道の系でバンドが半分埋められたときに絶縁相が生じる原因は、同一サイトを電子が二重占有するときのクーロン反発エネルギーの損のために、各サイトを電子が一つずつ占有した時に、「棲み分け」によって電子が各々のサイトに局在化するというものである。

一方でSlaterはいわゆるモット絶縁体が生ずる原因を反強磁性秩序のような磁気秩序の形成に求めた。磁気秩序にともなう周期性(単純な反強磁性のときは2倍周期)の発生によって生じたバンドギャップによって絶縁体化すると考えたわけである。

モット絶縁体の多くのものは絶縁相で磁気秩序も持っているからである。

 

モット絶縁体の近くの金属相の研究のはじまり

モット絶縁相の記述はさておき、もっと困難で興味ある問題はモット絶縁相近傍の金属相をどう理解し記述するかということである。この問題が困難なテーマである理由は、連続的なMIT近傍の金属相でスピンや軌道相関の揺らぎが強くなり、しばしば臨界的な増大を示すからである。モット絶縁相の近くでこのような揺らぎの増大を示す相をしばしば異常金属相と呼ぶことがある。一つの典型的な異常揺らぎは1970年代のV2O3での一連の研究によって明らかとなった。これはバンド理論から予測される値に比べて、電子比熱のgパウリ帯磁率の値が大きく、電子の有効質量の発散によるMITを示唆した研究結果であった。この有効質量の増大を理解するために、BrinkmannRiceは、モット絶縁相へのMITの記述を試みたハバードのパイオニア的な仕事、ハバード近似を再検討し、グッツヴィラー近似によって有効質量の増大を再現することに成功した。

 

フェルミ液体論と有効質量の発散

フェルミ液体論では、相互作用のない自由フェルミ粒子系から出発して、電子間相互作用断熱的に増大させることによって、基底状態と低エネルギー励起をあらわすことが出来ると主張する(断熱的連続性の仮定)。その場合、電子間相互作用を断熱的に変化させる時には、ラッティンジャーの定理によって、キャリアの数は変化しない。すなわち、モット絶縁体はバンドが部分的にしか埋められていない時に生ずるので、断熱接続によって得られるキャリア濃度は金属絶縁体転移点に近づいてもゼロでない有限な値に保たれる。従ってこの場合には、一粒子的な記述によって相互作用のない側から連続的にMITに近づくには、準粒子有効質量の発散(もっと正確には準粒子の繰り込み因子がゼロとなる)が唯一の道筋である。つまりフェルミ液体論に基づくならば、MITの近くでの有効質量の増大は自然な帰結である。

 

キャリア数消滅のシナリオ

一方、もしもスピンや軌道の自由度に対称性の破れが生じた時には、フェルミ液体論の仮定である断熱的連続性はもはや成り立たないので、有効質量の増大は見られなくてもよい。実際、スピンや軌道の対称性の破れた系でのMITは一粒子励起のキャリア数の消滅によって生ずる。これは、例えば反強磁性秩序をもち軌道縮重のない金属と絶縁体の間の転移の場合に見られることである。この場合、磁気的な超周期構造によって折り畳まれたブリリュアンゾーンとなり、周期性が変化して単位格子が2倍になることによって、もともと一つだったバンドが2つに分裂する。従ってもともとのブリリュアンゾーンではバンドが半分しか埋められていない場合でも、折り畳まれたあとのブリリュアンゾーンではモット絶縁体に近づくにしたがって分裂した2つのバンドのうち、エネルギーの低いほうのバンドがすべて電子で埋められて絶縁体になると理解することが出来る。絶縁体の近くの金属では小さなフェルミ面ポケットができており、転移点でこのポケットが消滅するので、キャリア数がゼロになることによって、絶縁体化すると理解できる。

 

モット転移の多様さ

このような簡単な議論から、金属側からMITに近づくとき、少なくとも2つの道筋があることがわかる。すなわち、キャリア数消滅型有効質量発散型繰り込み因子消滅型)である。この2つの違いも含めて、モット絶縁相の近くの金属相の異常さが如何に多様であるかということが最近の研究の主題の一つである。その中で、モット転移の異常さは、MITが連続相転移であるときに顕著となる。理論的には、この連続相転移の時のMITは量子臨界現象の一つの例として最近活発に研究されており、金属相の異常さが量子臨界点の近くでの臨界特性の多様さの現われとして理解される。

 

ハバード模型

この転移を理論的に理解する上で、簡単化された格子フェルミオン模型(タイトバインディング模型)、例えばよく知られているハバード模型の研究は大きな役割を果たしている。このハバード模型では単一バンドだけに簡単化された電子系が扱われている。これ以外にも軌道縮重のあるハバード模型t−J模型などが広範な研究対象となっている。

 

現実のd電子系の複雑さ

d電子系では軌道の縮重が生ずることが重要でかつ避け難い。そのことが複雑で多様な様相の一つの原因となっている。例えば立方晶の対称性をもつ結晶構造での結晶場のもとでは、3重に縮重したt2gバンド(dxy, dyz および dzxバンド)と2重に縮重したegバンド(dx2-y2 および d3z2-r2バンド)は遷移金属の種類、結晶構造、組成、結晶の次元性などに応じてどれもがフェルミレベルの近くに位置する可能性があり、低エネルギー励起に関わり得る。d電子系だけでなく、強相関効果という点で、他の系にも興味深い現象や、関連した様相が見られる。例えばp電子が電気伝導を担う有機物質の系では、BEDT-TTF化合物のように、2次元的異方性を持ち、モット絶縁体と超伝導体のあいだの転移と競合が見られる。またf電子系では、例えば軌道縮重にともなって生ずる、非フェルミ液体的な性質が活発に研究されている。d電子系においても強いスピン相関や揺らぎに加えて、軌道相関の揺らぎや、軌道の対称性の破れは重要な役割を演ずる。この軌道自由度の相関は相対論的なスピン軌道相互作用や軌道に依存した交換相互作用四重極相互作用などを通じて、スピン相関と強くカップルすることが多い。典型的な例はMn酸化物などに見られる。この化合物では強いフント則によるt2g軌道とeg軌道間の 強磁性的なカップリングによって、二重交換相互作用として知られているメカニズムを通じて、強磁性的な金属が生じる。この強磁性金属相への転移近傍で生ずる超巨大磁気抵抗は最近活発に研究されている。こうして最近の強相関電子系研究、特にd電子系の研究は、ある面で、軌道、スピン、さらに格子の自由度のゆらぎや、より複雑な互いの絡み合いを理解する研究へと進んでいる。

 

簡単な理論模型の性質の究明へ

しかしながら、理論的により徹底した研究はハバード模型t-J模型のような単純化された単一軌道の模型を対象に進んでおり、強い量子揺らぎ強相関効果がさまざまな角度から再検討されている。この流れはベドノルツとミュラーによる銅酸化物高温超伝導体の発見によってより強く動機づけられ、加速された。これは、銅酸化物での低エネルギーでの電子構造がd3z2-r2軌道やt2g軌道から比較的離れたdx2-y2バンド一つだけで主として記述されるためである。ただし銅酸化物は電荷移動型の化合物なので、酸素の2ps軌道が銅のdx2-y2バンドと混じってくることは考慮する必要がある。銅酸化物超伝導体の母物質と呼ばれている物質は反強磁性秩序を持った典型的なモット絶縁体であり、銅の3d軌道はd9状態にあって、dx2-y2バンドに電子が半分詰まったハーフフィルドの状態にある。このモット絶縁相にわずかにキャリアをドープすることによって、金属絶縁体転移が誘起され、低温で超伝導状態が実現する。この銅酸化物超伝導体は、層状ペロヴスカイト構造を持つために、2次元的な異方性が強い。このことに加えて、軌道自由度の縮退が弱いために、反強磁性長距離秩序が抑えられやすく、量子揺らぎが大きいことが理解の鍵となっている。1次元や2次元で軌道縮重のない系というのは、量子揺らぎを極端に大きくした極にあり、そこで高温超伝導が発見されたわけである。このことが、2次元ハバード模型のような低次元の簡単化された理論模型での基底状態や低温での性質の研究を刺激し、種々の分子場理論を超えてどのように電荷やスピンの揺らぎを取り扱うかが問題とされるようになった理由である。事実、金属絶縁体転移近傍での強い低次元的異方性のある金属相の信頼できる理論的取り扱いが、この超伝導を理解するためにも肝要であることは広く認識されているが、この低次元性のために種々の分子場的な取り扱いを正当化することは困難である。

 

モット転移の近くの金属としての銅酸化物超伝導体

銅酸化物の金属相は確かに通常のフェルミ液体的なふるまいとはかけ離れた性質を多く示している。異常さの1つの典型例は電気抵抗が概ね温度に比例しており、電子相関効果を取り入れたフェルミ液体理論で予想される温度の2乗に比例するふるまいとはっきり異なっている点である。振動数に依存した電気伝導度が大きな振動数でほぼ振動数の逆数に比例している点も異常さの現われであり、よく知られたドルーデ理論では振動数の逆数の2乗に比例することと矛盾している。これらの現象は電荷のダイナミックスが強くインコヒーレントであることを示している。異常さのもう一つの例はモット絶縁体の近くの低ドープ領域に見られるいわゆる擬ギャップ的なふるまいである。これは超伝導転移温度よりもはるかに高い温度からスピンや電荷の励起が抑えられ、擬ギャップが生じたようにふるまう現象である。

 

インコヒーレント金属

このように電荷ダイナミックスがインコヒーレントであるという事実は、実は銅酸化物高温超伝導体だけでなく、ほとんどのモット絶縁体近傍の遷移金属酸化物に共通の特徴であることが明らかとなってきている。標準的な金属の指標となるのがドルーデ重みの大きさであるが、多くの遷移金属酸化物のモット転移近傍の金属ではドルーデ重みは大変少なく、インコヒーレントな応答の方が多い。これらの金属をインコヒーレント金属と呼ぶ。インコヒーレントな電荷ダイナミックスやスピン、電荷、軌道自由度のゆらぎは、モット絶縁体への金属絶縁体転移近傍の臨界領域での局在化しかけながら伝導を担っている電子の異常性に原因する。この臨界領域は標準的な金属の側から理解することも難しいし、モット絶縁体から直接理解することも難しい。一方、この領域の性質の研究には量子臨界領域を解析する手法を用いることが有効であり、最近モット転移の量子臨界現象の理論が大きく発展した。

 

フィリング制御とバンド幅制御

モット転移と関連する相関のある金属の研究には、2つの重要な制御パラメータがある。それは、相対的な電子相関の強さ(ハバード模型の言葉でU/tと表わされる)とバンドフィリング(ハバード模型の言葉で電子濃度nで表わされる)である。ハバード模型では、n=0とn=2のフィリングでは系はバンド絶縁体である。ハーフフィルド(n=1)の場合はU/tを変えることによって、金属から絶縁体への転移(モット転移)がある臨界値で生ずると信じられている。但し、完全なネスティングがある場合は例外で、その場合の臨界値Ucはゼロである。有限のUcでの転移はバンド幅制御型の転移と呼ばれる。フィリングがn=1(ハーフフィルド)の時には多くの場合、スピン秩序、すなわち反強磁性の絶縁相ないしは金属相が見られる。nが整数でないときには通常、金属状態が実現する。特に興味のある相は、n=1(ハーフフィルド)の近傍での金属で、n=1でのモット絶縁相から、フィリング制御型の転移によって実現される。フィリング制御のためのキャリアドーピングという手段は、高温超伝導体の発見によって広く知られることとなり、d電子系での金属絶縁体転移の様相を理解する上での重要な概念である。

 

二つの流派

上にも述べたように強相関金属とモット絶縁相の出現を説明する一つの道筋は、金属相では相互作用のない電子系との断熱的な連続性を仮定して、フェルミ液体論に基づく理論構成を行ない、モット絶縁相はそれと独立にスピンや軌道自由度の対称性の破れによって生ずる電荷ギャップによって解釈するという手法である。それとは異なる道筋の理論手法では、モット絶縁相近傍の金属を簡単に理解するには、フェルミ液体論から出発するのは少なくとも賢い方法ではないと主張し、定性的にフェルミ液体と異なった様相の理解のために別の理論手法を導入する。

その後の歴史の中で、この2つの相容れない考え方が幾度となく衝突を繰り返してきた。強相関電子系で生ずる絶縁体は,全てバンド絶縁体かあるいはその単純な拡張(例えばハートリー・フォック理論による秩序形成にともなう超周期構造によるバンドギャップの形成)によって説明できるという,Slaterの流れをくむ考え方がその第一であり,モット絶縁体はバンド絶縁体とは基本的に異なるというのが第二の考え方である。

最近の例では高温超伝導体の母物質であるLa2CuO4のような物質が絶縁体であることをバンド計算によって説明しようとする努力が一方にあり,金属から絶縁相への転移をバンド理論の枠で説明できないという考え方がもう一方にある。前者に基づく理論的な枠組みとしては、フェルミ液体論があり、スピンや軌道の対称性の破れや相関を記述するためにRPAハートレーフォック近似が用いられる。また定量的な電子状態計算の手法として局所密度近似(LDA)やその改良(LSDA,GGA, LDA+U, GW近似など)が知られている。有限温度でのスピン揺らぎの効果をハートレーフォック近似から出発して、そのパラメタを繰り込むモード結合理論としてSCRがある。また最初のモットのアイデアに遡ることのできる後者の枠組みの例としては、電荷の強い相関を通じて電子相関の効果を非摂動論的に取り入れようとする手法がいくつか知られている。これらの手法の例としては、ハバード近似、グッツヴィラー近似、スレーヴ粒子近似、無限次元での手法(動的平均場近似)などが知られている。これらの手法の一般的特徴は空間相関(相関の波数依存性)を考慮しない点にある。また通常、スピン相関を無視してしまうことも特徴である。動的平均場近似では空間相関を無視しているが、時間相関(ダイナミカルな揺らぎ)については正しく取り込んでおり、系の励起のコヒーレントな部分のみを扱うグッツヴィラー近似やスレーヴ粒子近似と、インコヒーレントな部分のみを扱うハバード近似を超えて融合したものとなっている。

今まで述べた2種類の理論的枠組みはいずれも平均場近似に立脚しており、すべてその簡便さを長所として持っているが、一方、有限次元の系での空間相関の揺らぎについての十分な考察が欠けている。この揺らぎは特に低次元系量子揺らぎの強い系では重要で、その理解のために、低次元系での数値計算の結果や金属絶縁体転移に対する臨界現象の理論がある。

 

一体近似

 再び、さきほどの平均場近似(一粒子記述)での、2通りの理論的枠組みの間の対立に戻って考えよう。ここでまず両者の論争を考える上で留意しておくべき点がある。すなわち基底状態に限定して絶縁相または金属相を別々に考察した時に,通常のハートリー・フォック近似摂動展開の組合せが根本的に破綻している例は少ないということである。ここで「根本的に破綻している」という意味は,系のパラメタを断熱的連続的あるいは摂動論的に変えて実現できる状態の中に,ハートリー・フォック近似で正しくあらわせる状態が存在しないということである。この意味で, 根本的に破綻している系の典型は1次元系である。1次元系では絶縁相でスピン相関が代数的に減衰するスピン液体相となっている。また金属相ではスピンと電荷が分離し, それぞれが朝永−ラッティンジャー液体となっており,いずれの相も電子に関するハートリー・フォック近似が破綻している。しかしこの1次元系や強磁場下の系を除くと,後にも注意するように, ハートリー・フォック理論や摂動展開に基づいた,電子の一体描像による記述が基底状態で根本的に破綻している確かな例は現在は知られていない。

 

モット転移の理論、何がむつかしいのか?その1

それにもかかわらず,ハートリー・フォック近似とその拡張にもとづく理論にはいくつもの点で重要な欠陥がある。その第一は励起状態の記述であり,第二が絶対零度での金属と絶縁体の間の転移の記述である。第一の問題である励起状態の記述に関しては,すでにいくつかの困難が知られている。そのうちの一例をあげよう。ハートリー・フォック理論では, モット絶縁相の反強磁性転移温度以上の温度で,La2CuO4のような多くの系がなぜ絶縁体としてふるまうのか理解できないという問題である。この問題を理解するためには、反強磁性転移温度以上の温度で、長距離秩序がないのに、電子とホールが束縛状態を形成するという事実を記述しうる枠組みが必要である。これはHeでのボーズ凝縮温度と、ヘリウム原子核での束縛されたボーズ粒子の形成エネルギーの違いの問題と共通点がある。電子とホールの束縛状態の形成は電子の一粒子的記述が破綻することを如実に示している。

また別の例としては、絶縁体での電荷励起のギャップの大きさが,しばしば定量的はおろか定性的にすら説明できないという問題もある。さらに電荷励起とスピン励起のギャップの大きさが互いにいちじるしく違っている場合が現実には多数存在しているにもかかわらず,バンド絶縁体では基本的に電荷とスピンギャップは同じでなければならないという矛盾もある。

 

モット転移の理論、何がむつかしいのか?その2

一方, 第二の問題, すなわち金属絶縁体転移の記述の問題の方が, 困難の根は深い。実は第一の問題も根本的には第二の問題と関連している。

ハートリー・フォック理論は金属絶縁体転移が連続相転移の場合に最もその破綻が明瞭となる。 その場合, 相転移近傍のゆらぎは顕著となり, 金属を絶縁体の励起状態から,また絶縁体を金属の励起状態から再構成することが必要になるという点を考えれば第一の問題と第二の問題の関連が理解できる。上にも述べたように、連続的な金属絶縁体転移は最近の活発な理論的実験的な研究の対象である。実際多くのd電子系、例えば、3次元ペロヴスカイト構造を持ったチタン酸化物、バナジウム酸化物、いくつかの硫化物、セレン化合物、銅酸化物高温超伝導体を含む2次元的異方性を持ついくつかの物質では連続的な金属絶縁体転移が見られる。連続相転移を理解する上で、転移の駆動力がなにであるかを知っておくことは重要である。その一つとして、ランダムポテンシャルによるアンダーソン局在が有り得るし、もう一つの駆動力として、モット絶縁体へ向かうときの電子相関効果がある。また、電子格子相互作用についても考察する必要のある場合があるであろう。モット絶縁体の近傍の場合には、上記のいずれもが重要となりうるが、一方金属絶縁体転移への最も主要な駆動力は電子相関効果であることが多い。従って、電子相関の効果だけを取り出して、金属絶縁体転移の本質を見極めることはより複雑な場合を理解する上でも、重要である。

 

量子臨界現象の理論

連続的な金属絶縁体転移を理解する上で、スケーリングの考え方がはじめアンダーソン局在の問題について1970年代に提出された。アンダーソン局在の問題について、スケーリングの概念や繰り込み群による考察が特に2次元系で有効であることは確立している。またスケーリング理論はボゾン系でモット絶縁体と超流動相の間の転移を記述するにも有効であることが知られている。乱れのない系でのモット絶縁体と金属の間の転移についても、最近定式化が行なわれてスケーリング理論の有効性が数値計算によって裏付けられた。この考察から、2次元系で新しいユニヴァーサリティクラスに属する転移が見い出されており、風変わりな金属相の理解と密接に関係した研究が進んだ。さらにここで得られた理解をもとに、銅酸化物高温超伝導体の常伝導状態の特異な物性超伝導のメカニズムについての新たな知見が得られている。

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